『私は真剣です』
プロフィール
もしかすると、この自動記憶勉強法を(けしからん)と思われた方もいるかもしれませんし、
牛山はいいかげんな気持ちでこのような記憶方法を世に出したと思っている方
もいるかもしれません。
しかしそれは誤解です。(本を読んだ人は全てが分かります。)
誤解だと言う理由は大きく二つあります。
1つ目の理由は、この自動記憶勉強法は、単に記憶作業を助けるだけのものだからです。
私は、『記憶作業』と、『人生を通して何かを追求する勉強』を分けて考えています。
つまり、中立の立場という事です。
もし仮に、誰かが記憶作業で苦しんでいたとして、その記憶作業を効率よくしたり、もっと効果の高いものにしたり、
苦しみをとったりする事が、不謹慎であるならば、この自動記憶以外のすべての勉強方法は悪という事になってしまいます。
最初は本のタイトルは、 あそびながらほったらかしで記憶するというものでした。
私は本のタイトルに『何かをがんばりながら』という文言を入れてくださいと強く出版社様に要求しました。
(基本的にはタイトルというのは著者はつけれない事が多いのです。快く応じてくださいました。)
このように強く要求した理由は単に遊びながら勉強をするというのではなく、逆に何かをがんばりながら、
勉強をする事もできる勉強法だからです。仕事から帰って疲れた体でも家族の為に勉強をがんばるお父さんにさらにがんばれとは、とても言えません。
私は基本的には楽しく記憶するという人も、何かをがんばるのに使いたいという人も応援する
中立の立場を取っています。
(記憶作業は楽をして、うまく適当にやってしまえばいい)とはほんの少しも思っていませんが、逆に楽をしたり、肩の力を
抜いてはいけないとも思っていません。世の中にはノイローゼになるほどのプレッシャーに押しつぶされそうになっている
勉強に励む方はたくさんいるのですから。
二つ目の誤解だと言う理由は、私自身が苦しんだ経験から、同じように困る人を助ける理念があるからです。
私自身が、かつて苦労したからこそ生まれた記憶法です。
勉強など楽をすればいいとも思っていませんし、いいかげんな気持ちでも
公開していません。
■勉強時間が無くて苦しむ(生活をするのがやっとの人は、勉強時間を確保できません)
■勉強が苦手で苦しむ (勉強は難しいとか自分はバカなどの先入観を持って悲観している人もいます)
このような苦しみを和らげる目的がこの自動記憶勉強法にはあります。確かに楽はできますが、
(何もかも100%楽をすればいいんだ)とは思っていません。時には肩の力を抜く事は大切だと考えています。
本の中では相当軽い表現でふざけた形で書いている部分が多数あります。
二つの理由があります。
@どこまでも真面目なことを言う為に、軽いものも用意しなければならなかった為
A難しい事を難しく言うのは本人が満足するだけです。なるべく若い人でも分かりやす
く楽しめる方向を目指した為
上の2点の理由からギリギリまで軽い表現を目指しました。